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料理人プロダクション

料理人の夢をプロデュースする!

プロフィール


プロデューサー 

原田 諦(はらだ あきら) 

日本で初めてのメニューマーケティング理論にて経営博士号を取得、
メニュー戦略による繁盛飲食店づくりで有名になる。

東京都中野区出身。工業エンジニアから飲食業界へ入る。銀座東京飯店、ホテルオークラ、ホテルリオグランデ、などを経て中国上海へ渡り、上海「梅龍鎮酒家」で2年間中国料理を専門的に学ぶ。

また、外食コンサルタントとしては初めての農業構造改善事業コンサルティングに携わり、京都府夜久野町、加悦町、丹後町、大江町、伊根町、愛知県岡崎市、静岡県浜松市などの地域活性事業計画を立案。その功績が認められて、2000年に「社会文化功労賞」を授与されている。

メディアでは日本テレビの「スーパーテレビ!この男、開業屋なり!」名古屋テレビ「夜だもんで!」関西テレビ放送「報道番組・スーパーニュース・アンカー」など、多数出演。

執筆活動では、近代食堂への連載12年間、月刊店舗への連載11年間、日経レストラン「コミックストーリー、再建人マサが行く!」の原作連載三年間、その他、飲食店開業BOOKやラーメン開業本など多数。とくに開業本の執筆に人気がある。

著書には、「始めよう!麺の店」(同文舘出版)「売れるメニューはここが違う!」(同文舘出版)「繁盛店開業百科・成功するための開業種選び!」(株式会社テンポ)「勝ち残る飲食店の「メニュー開発」はここが違う!」(同文舘出版)「さすらいの再建人マサが行く!」(日経BP社)がある。


(会社案内)
日本外食総合コンサルティング


(ポータルサイト)
飲食ビジネス


(ビジネスサイト)
飲食ビジネスドットコム


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2009年04月30日 あのときの料理!
記憶に残る料理と言うものは、何らかの情緒に左右されることも多いことを書きましたが、必ずしもそれだけには収まらないものもありますね。

私は、釣りに行くことが多かった(今では全くいけないでいますが・・・)ので、その魚を料理することが大好きです。

しかし、その魚料理は口では言い表せないほど美味しいのです。
私の場合は、大体、根魚(深海魚)を釣るのが好きですので、西日本海や千葉の銚子から北の方で釣りに出かけます。

ここでつれるのは、黒ソイ、カサゴ、メバル、メヌケ、アラ、ヒラメ、などが多いのです。
この釣れた魚を食べるのはなんといっても贅沢です。

身は刺身にしますが、それも薄造りでポン酢に紅葉おろし、アラは味噌汁にしたり甘辛に煮込んだり、釣った一匹の魚を捨てるところが全くなくなるほどに調理します。

しかし、この美味なところはどんな高級料理店でも味わえることは出来ません。
今日のあのときの料理の思い出は、釣りたての魚を自分が料理する一皿です。



2009年04月30日 連載小説「庖丁仕掛け人”竜”」第二章2-3
第二章 仕掛け人の追憶


2、竜二の恋人!(3)

小泉製作所は、高級時計製造会社の”東京ウオッチ”の工場メンテナンスや修繕、設備部品加工などが主な業務であった。

東京ウオッチ社が資本投下しているグループ企業である。よって、社員の半数近くは本社の設備管理業務についていた。

ここには、旋盤、ミーリング、研磨機、セーパーなどの金属工作機械が揃えてある。これらの機械を用いて本社の設備を修理したり、壊れた部品を加工するのがこの会社の業務であった。

生産業務ではないが、故障箇所を一刻も早く修繕しなければ本社の生産性を低下させることへ繋がるので、非常に精密かつスピードが求められる仕事であった。

竜二は、こうした仕事に向いていたのか、”好きこそモノの上手なり”そのものだったのか、入社して一年もすると、機械技術者として廻りからも認められるようになっていたのである。

その中でも、特に旋盤工作技術には目を見張るものがあった。

強引な引き抜きで採用した竜二が思っていた通りの男であったことを小泉は心から喜んでいた。しかも、小泉にはもう一つの狙いがあったのである。

この男には、目に入れても痛くないほど可愛い一人娘”冨美子”がいる。彼女は、大学院で商業デザインを学んでいる22歳。

気立ての優しい美景の女性だ。この娘の結婚相手として竜二に目をつけていたのである。
しかし、親が思うまでもなく、何時しか冨美子は竜二に好意を抱き始めていたのである。

冨美子は、彼が無口で何と無く孤独な雰囲気を持ち、その一方では何事にも真剣に取り組む姿に魅力を感じていたのであった。

その冨美子が、ある日の昼食時間、会社で食事中の竜二に声をかけた。

(つづく)



2009年04月29日 忘れられないあの料理!
人間には、一生のうちそのときを忘れられない料理があるに違いありません。その忘れられない料理の背景には、おめでたいときの料理、悲しいときの料理、気分転換できたときの料理、楽しかったときの料理、などなど、全てが情緒の中から生まれているに違いありません。

ですから、料理は人間の情緒によって左右されるわけです。その中でも海外で忘れられない食べた料理と言うものは格別のような気がします。

私は、海外で食べた料理の中で、40歳半ばのときにエジプトで食べたビーンズ料理がら忘れられない一品として残っています。

その料理は、ブラジル料理とは全く異なるもので、今でもその料理の名前さえ知りませんが、日本人ツアーで長期間のうちにツアーの仲間意識が芽生えた頃に出たビュッフェの中の一品でした。

それから、その料理を探しましたが、その店だけにしかありませんでした。
また、ベトナムで食べた魚の香草焼きも美味しかったですね。

一般では目を覆いたくなるような中で調理場で完成されたそのミスマッチな料理の完成度、こんな雰囲気が美味しさを更に演出しているのかもしれませんね。



2009年04月29日 新しい業態開発のメニュー戦略は・・・・。
新業態開発の仕事が入ってきましたが、成功させるには、どうしてもメニュー戦略をおろそかには出来ません。

先日数貧の商品は開発したのですが、こんなもので新業態が開発できるわけはありません。そこで、新たな商品群を模索しています。

一つのテーブルで色々楽しめるマルチメニュー戦略なんてどうなのかな~。
しかし、これを真剣に考えてみましたが、行けそうです。

これが実現すると、本当に谷は見られない業態になる。これで決まりかな~。

しかし、時間の許す限り研究を続けたい!そう思いながら、いま、目をと取りながらメニューの探索を続けています。

ところが、このメニューと「赤い壺」のメニューが要りこんで混乱を招いてしまうなどの弊害も生まれ、混乱している状態です。



2009年04月28日 連載小説「庖丁仕掛け人”竜”」第二章2-2
第二章 仕掛け人の追憶


2、竜二の恋人!(2)
「課長!そうではありません。入社時に海外勤務と言う約束でしたから・・・・。」
「ああ、あの事ね!しかし、今となっては、難しいだろうね、海外への社員派遣は今後、廃止の方向に進んでいるみたいだから。」

木島は、竜二に反発するような口調ではき捨てた。
「えっ、そんな!じゃあ私はこれまで会社に騙されてきたんですか!」

彼の落胆は大きかった。
これまで海外で仕事をすることを”遣り甲斐”に、国内の仕事を頑張ってきたのである。

「君ィ、騙されたなんて人聞きの悪いことを言われては困るよ!仕方がないじゃないか、会社の方針なんだから・・・。」

こう言うと、課長会議を口実に席を立ってしまった。
竜二は、人生の”夢”を失った。しかし、他社へ転職しても、海外勤務のの条件で採用してくれる会社などないだろう。と言って、この会社にこのまま勤務していても現在の延長に有ることは間違いない。

悩んだ末に、彼は海外商社マンを諦めることにしたのである。

商社を退職した彼は、これまでの取引先、東京大田区にある小泉製作所と言う町工場で働くことにした。

小泉製作所は、この工場以外に商品スーパー「コイズミストアー」を経営していた。彼がこの会社へ入社した理由には、営業廻りをしていた頃から社長の小泉に特に可愛がられていたからである。

「九曜君!我社へ来て働いてみる気はないかね!」
竜二が営業に回るたびに冗談とも本気とも取れるようにこう言われていたのである。

彼も、幼い頃から機会井尻が好きだったことから、小泉製作所へ営業に来るたびに、社員たちに機械操作を熱心に教わっていたりしていた。

小泉社長もこうした彼を見て、次第に好意を抱き始めていたのであった。

(つづく)



2009年04月28日 今朝の朝食は山菜料理!
今朝は、ちょっと早く起きて近くを散歩しました。
会社の近くに小川が流れていると言うので、散歩をしました。

帰宅すると、食事の用意をしてくれた社長の奥さんがなんと、山菜料理でおもてなしです。
多分、この山菜も私のために前もってとっていてくれたに違いありません。

野芹の味噌汁、木の芽田楽、タラ芽の天麩羅に山ウドの酢味噌和えです。
本当に朝からこんなに丁寧に料理を作ってくれて感謝していただきました。

自然の山菜には灰汁があります。しかし、その灰汁と香りが何ともいえない春を味わいさせてくれました。

本当にご馳走様でした。



2009年04月27日 突如出張になりました。
昨日からまっていた業務の依頼が今日連絡があり、急きょ出張になりました。

も~う、もっと早く決定してくれるよう頼んでいたのに、これではどうにもなりません。
しかし、行かなければならないし、とんだゴールデンウェークです。

少し休養しようと考えていたのですが、それも叶わず。
でも、効して仕事の打ち合わせをいただけることは大変ありがたいことなので行くことにしました。

何とか仕事になればいいですが・・・・。
それでも効したお付き合いが仕事に結びつくのでおろそかに出来ません。これもコマーシャルの一環として動かなければなりませんよね。

現在は、一切広告を出していないことから、殆どインターネット上の仕事のやり取りですので動くことが一番大事だと思っています。

コンサルタントになって、効した動きをするのに慣れていないので何と無く大変だと言う気持ちが強いですが、これが本来の仕事のやり方に違いありません。

暫く、このお客さんの会社で過ごすことになるのかな~。



2009年04月27日 連載小説「庖丁仕掛け人”竜”」第二章2-1
第二章 仕掛け人の追憶


2、竜二の恋人!(1)

竜二は、資産家の一人息子として東京に生まれたが、幼い頃に両親をなくし、祖母とお手伝いさんの手によって育てられてきたのである。

生活に困ることはなかったものの、幼い彼にとって、両親が居ない寂しさには計り知れないものがあった。

彼が大学に入ると間もなく、育ての祖母が他界した。彼は孤独に苦しんだ。これも彼を溺愛して育てた祖母の思いが何時までも彼の脳裏から離れなかったからであった。

学生時代の竜二は、常に周りへ人が集まっていた。優しい一面を持つ反面、男気が強かったことも人が集まる理由であった。

また、廻りに人が居ないと彼も寂しかったのである。よって、常に目立つ存在で居続けたのである。


しかし、学業は優秀であった。祖母が女手一つで育てる竜二を心配して、男らしく育てなければ、と言う理由で近所の剣道場へ通わせ、そこで剣道や居合い道も学ばせた。

これによって、彼は精神修行と同時に道徳教育を受けながら育っていったのである。
大学を卒業した彼は、世界を跨ぐビジネスマンになることが夢だった。

そこで、外資系商社へ入社した。国内の営業所を転転しながら、海外商社マンを目指していたのであった。

入社から早くも三年が過ぎようとしていた。彼はすでに24歳になり、国内における営業業務のあらましは学んでいた。

ある日、彼は上司に言った。
「水島課長!何時になったら海外へ派遣してもらえるんでしょうかね。」
水島は、営業三課の課長で、二年後に定年を控えている。竜二は、課長が現役の間に海外勤務を確認しておきたかったのである。

しかし、
「九曜君!君は営業が嫌なのかね!」

口をへの字にしたような表情で竜二に言うのであった。

(つづく)



2009年04月26日 紅高粱の王さんが山梨県へ出店決定!
このブログで再三紹介してきた「紅高粱」の王さんが、山梨県の竜王に開業したユニーの飲食街へ出店することが決定して着々と進んでいる。

今回は、ちょっと大型店のために店名もかえて「紅福酒家」にしたそうです。
私としてはとても心配ですが、彼は勇気があるから大丈夫でしょう。

こちらでも伊藤さんの店の開店の準備をしなければならないことから、大変になっています。
しかし、連休にメニューの商品一品ずつのデザインや完成をしたくとも、調理場がない状態なので出来ません。

さらに、仕事の出張も未だに決定していなくて、胃が痛くなりそうです。
もう、こんなに大変なことになるんだったら、受けなければ良かった。

こんなことになるんだったら、王さんの店の手伝いでも出来たのにね~。




2009年04月26日 仕事の予定が狂ってしまいそう。。
今日は強風で大変です。
日曜日なのですが、明日からの出張に向けて準備を整えていましたが、相手先の都合で出張が中止になるかもしれない。

ゴールディンウェークの出張を覚悟して、何の予定も入れていないのでこれでは何のための準備をしていたのか分からなくなりました。

でも仕方ありません。お客様の都合で動かなければならない仕事ですから。
それにしても、この連休、ゆっくり休養するかな~。

しかし、まだ、出張がはっきり決定しているわけではないので、どうしようもありません。
これでは”蛇の生殺し”ですね。

もう少しまってから色々考えます。




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