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プロフィール


山之内 淳
(本名:藤田 康介)
74年大阪市生まれ。カナダ、三重、奈良、英国、上海育ち。県立奈良高校卒。上海中医薬学大学卒業、同大学院修了、医学博士、医師(中医学)。96年から上海。専門は漢方・中医内科。博士論文は、小児ネフローゼの中医治療を研究。
 奈良高校在学中に「冬虫夏草」と出う。そこから中医学・漢方に興味をもち上海へ。中国政府国費留学生として大学・大学院、付属竜華医院、徐匯区中心医院と中医学の臨床研究・研修を続ける。2005年に中国の医師免許(中医学)を取得。上海市衛生局登録医師。上海に念願の新居も構えた。妻は上海人。2008年10月に第一子誕生。日本人では初めて中国の大学で中医学を学部から博士課程まで修了。趣味は中医学と、田舎。上海の街を散策し上海の新聞を読むこと。
我が愛しの上海へⅡへはこちらから。

上海エクスプローラー COO
上海鼎瀚(ていかん)中医クリニック虹橋路618号)医師
世界中医薬学会聯合会腎病委員会 理事
日本温泉学会会員
上海奈良県人会の幹事

【過去に執筆したもの】
「中医沙龍」
特集記事
・柴田書店 月刊『食堂』2年間連載
標準『中医内科学』
・東洋学術出版社 季刊『中医臨床』など
『細水長流』藤田康介公式HP
mixi

【筆者連絡メール】
info@mdfujita.jp

【友達のリンク】 
・統合医療(CAM)で活躍している大塚晃志郎先生
・大阪の漢方緑川クリニック

【便利なリンク】
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・上海市高架道路渋滞情報
上海地下鉄路線図
・メールでも送られる上海地図
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世界進出

2009年06月10日 上海へ戻る MU554便の検疫情況
ディスプレに刻々と流れてくる便情報はまるで芸術品のよう
 フランス滞在中、今回の最大の目的であった結婚式ですが、まだブログが書けていません。純フランス式の結婚で、料理の度にワインが変わり、ピアノの生演奏つきというコース料理でした。かなりいろいろ勉強しました。後日アップしていきます。

 ということで、上海に無事戻りました。このあたりのところを記録しておきます。

 妹の新郎の両親はフランスのディジョンのプール付き1戸建てに住んでいまして、後半はそこに投宿しました。

 ディジョンからパリのシャルル・ド・ゴール空港まではTGVで乗り換えなしの1直線で2時間ほどでつきます。といっても、直通列車の本数は少ないので、事前にチェックしておく必要があります。

 

PAULのパン屋さんと東方航空の座席のコンセント
 シャルル・ド・ゴール空港は、とにかく大きいといった印象です。自分の搭乗する東方航空便は、チケットにターミナルの記載がなかったので、いったいどこで乗るべきか分からなかったのですが、インフォメーションにいって解決。

 でも、空港はデカイのですが、清潔感でいうともう少しかなといった印象です。出国審査も、とくに上海のように「物々しさ」はなく、チェックインカウンターから丸見えという代物でした。

 東方航空は第2ターミナルのFサテライトからの出発なのですが、なぜかこの飛行機はターミナルに横付けされず、バスで移動になりました。
 隣はエールフランスの成田便。当然ですが、日本人と中国人のグループでは感じが違いますね。

 もともとの私の予約していた便がキャンセルされただけに、帰りの便は満席状態でした。すこし窮屈でしたが、エコノミーでも東方航空は欧米の航空会社よりもシートピッチが若干広いのが救いです。

 帰りの便は、A340-600型機でした。希少価値の高い飛行機なので、すこし感動。日本の航空会社では保有していません。この飛行機の特徴は、各座席に液晶テレビこそありませんが、コンセントがついているのです。これで、11時間の飛行時間中、遠慮なく仕事ができました。

ゴムまりのような牛肉でも、お米さえあれば
 機内食はというと、行きと比べるとかなりレベルダウン。フランス発というので、すこし期待していたのですが。。。フランスで作られた機内食、大したことなかったです。

 飛行時間11時間の詰め込み便では、機内食が唯一の楽しみだったのですが、中国発のほうが、よかったです。でも、ご飯を食べられたのがもう涙がでるほど嬉しかったです。

 今回のフランス滞在中、ご飯には一度もお目にかかれなかったのです。ご飯なしで毎日生活しているディジョン在住の妹には敬服!この点、中華料理はいいです。どんなにおかずがまずくても、ご飯さえあれれば、とりあえずお腹は満たされますからね。

浦東国際航空での新型インフルエンザ検疫の様子 4発ジェットのA340
 殆ど揺れもなく、帰りも快適に浦東国際空港に到着。しかし、案の定、新型インフルエンザの検疫がしっかりとありました。

 まず、着陸1時間ほどまえに客室乗務員による検温。乗客一人一人に対して赤外線で行います。その後、着陸後に検疫官による検温。白い防護服に身を包んだ人がゾロゾロ乗り込んできて検温します。

 フランスでは入国時に消毒以外なにもなかったので、中国がかなりピリピリしていることが分かります。SARSの教訓でしょうか。
 一方で、アムステルダムからEU圏にはいった私の両親も、とくに新型インフルエンザ対策用の検疫はなかったと言います。

 着陸後の機内検疫ですが、なにもなければ20分ほどで終わりますが、その間は席でじっと座って待ちます。検疫官が飛行機から降りた後に乗客が降りられます。ただ、もし発熱者がおれば、1時間ほどかかることもあるという経験者の情報です。(日本→上海便のケース)

 一部中国人の乗客からブーイングが起っていましたが、とりあえず整然と行われました。さらに、入国検査場での検疫票では、簡単な問診もありました。

 ということで、この時期、検疫のことを考えると上海経由でパリに行くのはあまりお薦めではないかもしれませんね。



2009年06月09日 フランス滞在を振り返って
 というわけで、忘れないうちに結婚式と披露宴の概要を後日のためにブログにまとめておきました。

 フランスは、小さいときに行ったことがあるそうなのですが、私の記憶に全くないので、今回が実質、生まれて初めての滞在となります。
 6歳違いの妹の結婚式も雨こそ降られましたが、中国同様、フランスでも雨の結婚式は縁起がよいそうで、よしとしましょう。

 2番目のお兄さんがスピーチで、これが「最初で最後の結婚式になることを願う」と言っていたことが印象的でしたが、離婚率も低くない国だけに、意味深長でした。

 フランス人はバカンスやストの国として代表されるように、人生を楽しんでいる人が多いように思います。田舎では、決して所得は高いとは思えませんが、上海の雑踏がウソに思えてしまうような静かな時間が流れており、「何のために生きるのか」という根本的な問題について、深く考えさせられました。やはり静かな環境でなければ、思考は深まらないと思います。

 そうみると、上海のようにアセクセとテーマパークのような街を作ってしまうのは、なんか非常に滑稽ですね。上海万博のテーマも、僕はまだ理解できていません。

 フランスの街で感じたこと。それは広告類が非常に少ない。とくに、幹線道路や高速道路を車で走っても、広告看板がないのです。もちろん、電線は地中に埋められています。
 そして、ゴミが非常に少ない。パリなど都市部は汚かったですが、田舎にゴミがないのです。住民たちが、自分たちの環境を守るために、強い意識をもっている現れだと私は思います。確かに中国人の多くがそうであるように、商売をしてお金を稼ぐことは生きるためには大切ですが、それ以上のものをもった上でやらないと、心の余裕が生まれてこないのではないかとも感じました。

 フランスでも現在、高齢化と過疎化に田舎では直面しています。しかし、バスや鉄道がないような村でも、その村で完結するような生活が営まわれており、日本の荒れる農村問題の解決に少しでも参考になる事例があるのでは?とも思います。それには、フランスが推し進めているような力強い農業政策が必要なのも確かです。

 エコロジーに関して、ディジョンの街を歩いてると、いろいろな発見がありました。
 まず、中国によくあるような3ナンバークラスの大型車が非常に少ない。ヨーロッパの街が道が狭く、運転が難しいという点もあると思いますが、総じて小型クラスの車が中心です。また、ガソリン代も1リットル12.5ユーロ前後とかなり高めでした。

 また、都市部では運賃無料の路線バスが運転されていましたし、無料の貸し自転車も沢山ありました。乗り捨て場所も市内各所にあり、充実しています。自転車は本当に多くの人が利用しています。

台所をみると、フランスパンの保管場所がありました
 しかし、私は普通ではフランスで暮らせないと思いました。
 やっぱり、食事がきつい。確かにフランス料理はよくできていて美味しいのですが、また私たち日本人のもつ味覚とは違うように思うのです。ミシェランが日本でもランキング本を出していましたが、味に対するとらえ方の違いは、どのように評価したのか興味有ります。

 さらに、日本人・中国人の日常の料理と比べると、普通のフランス人の食生活は極めてシンプルで、私のイギリス・スコットランドのホームスティ時代を彷彿させるぐらいでした。
 主食はいつでもフランスパン。フランスパンは、毎朝朝早くにパン屋が開くため、熱々を食べるのが習慣だそうです。 1ユーロもしないバゲットはかなり値頃感がありますが、やっぱりお米に比べると腹の持ちがよくありません。また、肉のかたまりを食べる国ですから、そういった意味では、まだ中華料理の方が私にあっているかな?と思いました。

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2009年06月05日 ボンボン
 この時期のフラヴィニーの気候は、寒暖の差が激しく、夜はセーターがほしいぐらいです。でも昼間はそれこそ半袖でも十分です。ここに来る観光客ならほぼ間違いなく買って帰るお菓子、「ボンボン」について、すこし記録しておきます。

 ボンボンは直径1センチほどの砂糖菓子で、真っ白なあめ玉です。味にはアニス(ウイキョウ)が使われます。ああ、道理でポンポンの工場周辺では強烈な生薬のにおいがするわけです。

 記録では、中東からこのエリアに伝えられてきたアニスだそうですが、中医師の私にとっても、これは生薬であるということがピンときました。中医の世界では痛み止めや冷え系の月経困難症、冷え系の胃痛などにもよく使いますし、私もよく処方します。

 古代ローマの旅行家、フラヴィアンが、この地にアニスの種子を伝え、それがこの村の地名、フラヴィニーになったという説があったそうですが、その後、中世に入って、ヴィドラールがベネディクト会修道院を建設し(現在も見学可能)修道士たちがここでボンボン作っていたそうです。

 しかし、なぜこのアニスをお菓子に入れることを思いついたのか?私は、おそらく病気予防的な見地からではないかと思うのです。大体、中世の西洋の医学はこうした宗教とも深く関係があったわけですし、そういった意味でも修道院で製造されたというのは理屈が通ると思います。記録には、16世紀にはすでにこの「ボンボン」をフラヴィニーに訪れる旅人にプレゼントしたというわけですから、単なるお菓子という意味合いではなかったのでは?と詮索していまいました。

 「ボンボン」は生地がマイルドで、非常に口当たりがよいあめ玉です。砂糖の層をひとつひとつ塗り重ねられたもので、今ではアニス以外にもさまざな味の「ボンボン」が登場していました。工場には20数名の従業員が働いていましたが、この村唯一の雇用を生む企業のようです。

 考えてみれば、人口200人ほどの小さな村で、経済を立てていくことは難しいわけで、日本の農村同様、ここでも過疎化の波が訪れているという話を聞きました。大都市ディジョンまで40数キロなのですが、フランス人の感覚からすると、こうした村から都市に毎日通勤することは、すこし考えられないそうです。日本人だったらやりそうですが。。。
また、静かな生活を求める村人は、観光客でにぎわうような待ちを好きこのんでいないということも聞きました。多少貧しくても、今のままがいいのかもしれませんが、う~ん、これだけは文化の違いかもしれません。また、それ以上にフランスにはこうした村があまりにもたくさんあり、とても太刀打ちできないというあきらめもあるそうです。

これがウワサのキッシュ
 何もいじくらずに静かな時間の流れを感じてもらう。それこそ、この村での楽しみ方で、インターネットができないことは、思わぬ収穫を私に与えてくれたと思っています。今回は五官でフラヴィーニを感じました。

 もしツアーだったら、1時間ぐらいしか時間が与えられないでしょう。そんな中、3日間も滞在したのですから、収穫はかなりありです。いよいよ明日はディジョンへ移動します。ディジョンはフランス有数のグルメの街です。こうご期待!

 この日夜登場したパイ「キッシュ」。お菓子というより、食事ですね。妹の手作りで、非常においしかったです。ああ、チーズがうまい!

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2009年06月05日 フランスで初めての外食
 このフラヴィニーの村自体は非常にコンパクトです。教会が村の中心にあり、村と外との境には、3カ所の門があるだけです。城壁のような壁でぐるりと囲まれています。村の入り口にきたその瞬間に、まるで中世に戻ったような錯覚に陥ります。映画「ショコラ」の撮影をするときに、このロケ地しかない、と決断したデザイナーには感心しました。よく見つけたものです。

  牧草地が広がる村の外から、この村の全景を眺めると、その丘の上に立つコンパクトな村の配置がよく分かります。この牧草地ですが、草のものすごくいい香りがします。真っ白な牛が放牧されていますが、これらは乳牛ではなくステーキ用だそうです。また、村の反対側には葡萄畑が広がっていて、地元オリジナルのワインも生産されています。フランスにとっては、大事な外貨稼ぎの商品の一つです。それだけに、そのこだわりがすごいです。


 フランスでは18歳が成人だそうですが、ことにお酒に関しては、未成年の購入こそできませんが、ワインの飲み始めの年齢は、親の教育方針とも関係があるそうです。そのため、一概に何歳ということはないようですが、ワインがあまりにも日常過ぎて、むしろ常識として様々な知識を小さいときから知っておく必要があるかと思います。

 さて、村にはレストランが殆どないと書きましたが、2カ所あることが分かりました。地元の人のお薦めは、やはり「La Grange」というシーズンオフは土日しか営業しない店。農業と観光を組み合わせた「アグリツーリズ(モ?)ム(農業と観光をくっつけた造語)」を取り入れた店として、日本にも紹介されたことがあります。街の中心にある教会の隣に位置します。シーズンにはヨーロッパ各地からの観光客がやってきます。

 ただし、平日のシーズンオフに来た私には縁がなく、いつも営業しているもう1軒のカフェに入りました。しかし、外食は中国とちがって本当に高いです。10ユーロぐらいはすぐに飛んでしまいます。お昼は、なんとなくラザーニアが食べたくなり、いただきました。
 アニスのボンボンで有名なABBAYEのある通りに位置するカフェで、村唯一の常時営業しているカフェです。お水と主食のフランスパンが無料で出てくるところはさすが!

 お水ですが、フラヴィニーでは水道水が飲めました。また、主食となるフランスパンは、1ユーロ前後で街の雑貨屋さんにありました。大きさはちょうど1人分が食べられる程度の長さ(40センチ前後)あり、外がバリバリで中がふわふわです。特に、中のふわふわ部分の白さが人工的ではなく、「おお、これが本場フランスのフランスパン」と感動しながら食べてしまいました。1本ぐらいすぐに食べられます。

 フランスといえば、クロワッサンが有名ですが、こちらはパンを焼くときに大量のバターを使います。まるで、生地にバターを練り込む様な具合にバターを敷き詰めますが、フランスパンはそうではなく、バターを使いません。そういった意味では、フランスパンのほうがヘルシーだと私は思うのですが、このバリバリ感とふわふわのコンビネーションが絶妙です。本当においしかった。

 さらに、チーズ大好きの私にとって、今回の楽しみの一つが本場フランスのチーズを食べること。今や、上海ですらここフランスとほぼ同じ種類のチーズがカルフールで手に入りますが、やはり食べたかった。。。。妹に頼んで、あらかじめ別荘の冷蔵庫に準備してもらったのですが、これがまたうまい。ちなみに、フランス人はコースメニューを食べるときに、デザートの前にチーズを食べるのだそうです。となると、朝からチーズをほおばっている私は邪道なのか?とか思いつつ、新婦をみていると、やはり朝からはチーズを食べていませんでした。

 いずれにしろ、本場のフランス料理のコースは、明日からのパーティーに期待して、ワインとチーズを頬張りながら、テラスで雄大なブルゴーニュ地方の景色を堪能し、新婦と話しに華を咲かせました。しかし、夜9時~10時まで明るいというのは、まだ慣れません。夕食がまだ明るいのです。

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2009年06月05日 フランス・フラヴィニーで宿泊して
 フラヴィニーで初めて1晩過ごしました。朝の目覚めは、なんと「鳥の鳴き声」です。それ以外の音が全く存在しないのです。当然、車の音もありませんし、人の声もありません。こんな静かな目覚めは、何十年ぶりかです。フラブィニーの日暮れはびっくりするほど遅かったですが、日の出は特に早いという感覚ではなく、大体私たちの感覚にあっていました。今日もいい天気です。

 あまりにものどかな世界に、同じ地球上で上海のような喧噪があることが本当に不思議なぐらいです。フランスでも有名な古い村でありながら、土産物とか商売する人は皆無だし、お金・お金と走り回っている人たちも外から見る全くいません。平日だというのにガーデニングを楽しんでいる人たちや、庭先で勉強している若者とかのどかです。農業国で、自給率が100%越えている国、フランスです。心に余裕があるのでしょうか。

 今回私が投宿している別荘は、400年前に建築されましたが、最近、新郎のご両親が改装され、電気製品も入れられ、現代的な感覚で住めるようになっています。しかし、建具や暖炉などはオリジナルものを大切に修理し、見事に再生しています。

 私も中国の古い田舎をたくさん歩いていますが、残念ながらまだ「保存よりまずは破壊」の段階で、「金目のものはすべて売り飛ばす」というような印象があるのですが、先祖代々でこうした古いモノを守ろうという意識と、景観保持に対するこだわりは、さすがフランスといわざるおえません。

 早朝から、村に繰り出してみました。見るモノなにもかもが新鮮です。幸い、ディジョンにいる妹が本場フランスの「カルフール」からサラダやパンを仕入れてくれていたので、食べ物には困らず。何せ人口200~300人程度の村ですから、レストランをしてもよっぽどの観光客がいない限り、やっていけないでしょう。農民たちが殆どの住民なので、自給自足には困らないらしい。

 まずは、この別荘をご紹介しましょう。フランス・ブルゴーニュ地方の絶景が楽しめる位置にテラスがあり、ここでバーベキューができるようになっています。もちろん、ダイニングからもばっちり景色がたのしめます。ダイニングにテレビがないというのもいいですね。でも、暖炉がありますので、冬場氷点下10℃ぐらいに下がったときでも、大丈夫そうです。

 地下は2階建て。しかも、一番下は400年以上の歴史をもつワイン製造場。今は作っていないのですが、葡萄を収穫して、ワインを樽詰めにするまでの全行程を自宅でやっていたそうです。その隣はワイン貯蔵場。樽にはカビが生えていたのですが、たしか、抗生物質のペニシリンも元はといえばこうしたカビから発見されたことを記憶しています。


自宅でワインが仕込めるなんて。。。築400年以上らしい
 メインのベッドルームからもすばらしい眺めを堪能できるようになっていて、特にベッドルームにみえる建物の梁に感動します。移築したものではなく、本物の造形美です。

 庭はけっこうなスペースが取られていて、その昔は食用のウサギが飼育されていたそうです。隣の家では、美しく畑が作られていて、それだけにも風景になりそう。とにかく、各世帯が外に対して「美しく見せよう」という努力が嫌みなくされていて、それが村全体の調和を作っていると思うのです。残念ながら、「商売・商売」に忙しい中国の農村は、そこまでの余裕はありません。ただ、日本の農村、それも農業が生き生きしている地域では、まだそういった意識は残っていると思います。

 今回の結婚式に間に合うように進められたこの別荘の改装。新郎のご両親には感謝します。

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2009年06月04日 フラヴィニーの別荘にて
別荘の外観とテラス ワインを傾けるのには最高の景色です
 妹からは、お母様が医師であることを知っていましたが、なんせ英語が殆ど通じないので会話が難しい。。。でも、体いっぱいつかって会話して、なんとか意思疎通を図りました。

 車は丘を突っ走り、山を上っていくのですが、その間に多くの小さな村があり、そのたびに速度制限があり、ぶっ飛ばしていた車のスピードが落ちます。どの村も非常におしゃれで、「ああ、いまフランスにいるんだ、ああ、中国ではないんだ」と実感させられます。小高い丘は、グリーンでいっぱいで、牛が放牧されています。

 そして、そんな丘のてっぺんに、これから2泊するフラヴィニーの別荘があります。
 フラブィニーという街は、人口約200~300人程度の本当に小さな村です。映画『ショコラ』で一躍有名になったのですが、そのロケ地がここです。ただ、実際に撮影された画面は、自然風景も含めてCGで合成されているので、まったくのオリジナルではないそうですが、面影は十分残っています。


立派な梁です
 今回泊めていただく別荘のすごいところ。それは、なんと築400年の石造りの建物を再生したという点です。先祖代々受け継がれている家屋敷で、地下室にはその当時から使われてきた400年前のワイン製造地下室なども残っているのです。

骨董品が置かれていました
 中国で言えば、私が江西省などでみた農村などがそれに当たるでしょうか?江南の水郷などもそれぐらいの歴史がありますが、決定的にフラヴィニーと違うのは全然観光地化されていないという点。フランスでももっとも美しい村の一つと言うぐらいだから何か観光的要素があっても良さそうですが、まああえて言うならあの砂糖菓子「ボンボン」ぐらいでしょうか。このあたりは、明日じっくりと散策しようと思っています。

 この日は、時差ぼけもあり、午後4時ぐらいにベッドにつくと、朝まで寝込んでしまいました。でも、この時期のフランス、日の入りが遅いのです。夜10時頃でもまだ薄暗い。。。時差ぼけと明るさの感覚が狂ってしまい、私の体内時計はかなり混乱しています。

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2009年06月04日 一路パリ・リヨン駅へ
  発車まで 2時間ほど時間があったので、まずはリヨン駅周辺を散策。スーパーにいって、バゲットのサンドイッチを購入。私のお昼ご飯です。食の国、フランスといえども、ラーメン屋があるわけでもなく、やっぱりサンドイッチになってしまうのですね。値段は5ユーロ。さすがに安くないです。
 でも、スーパーに行ったらお寿司もあってびっくり。ネタはやはりサーモン。この点、中国でもそうですが、サーモンは海外のお寿司アイテムとしては欠かすことができないようです。

 パリ・リヨン駅のホームの端に腰掛けて列車を待ちます。イギリスでもそうでしたが、なんせ改札口がないので、コンコースは利用客や通行人でごった返しています。コンコースやホームにある黄色の機械で乗客が「自発的」に改札を行います。これをしなかったらまずいらしい。

 駅は見ていて非常に楽しいところです。実に様々な人種が行き交います。日本人は団体様とおぼしきグループと初老のカップルだけ見かけました。意外と多いのが、香港人や台湾人の女の子のバックパッカー。元気いっぱいです。
 黒人も、白人も、ラテン系も、アジア系も。実にさまざまな人種が行き交います。そんな中に自分も身を預けていると思うと、なんか不思議な感じがしますね。中国は、人口が多いと言っても髪の毛の黒い中国人が殆どですから。

 さて、目的のTGV列車が入線し、乗り込みます。ドアは相変わらず半自動なので、スイッチを押して自分でドアを開けます。隣に入っていた通勤列車を見ていると、列車が停車するまでもなく、乗客が降り出すのには驚きました。日本では動いている通勤列車から飛び降りるなんて考えられませんよね。

 TGVと言えば、日本の新幹線のライバル。回転できない固定式のシートや、カーペット敷きの車内、連接方式の車両など、日本の新幹線との違いは非常にはっきりしています。しかし、乗り心地は極めて良好。客車にはモーターが着いていないので、ものすごく車内が静かなのです。機能性や清潔感、大量輸送の合理性からいうと、絶対新幹線の方がすぐれていると思いますが、でもこの乗り心地はTGVの勝ちだと思いました。携帯電話の問題は、TGVでも問題になっているようで、そのシールが車内が張られていました。しかし、ややこしい説明はなく、顔で表記されていて極めてシンプル。見ただけで、すぐに分かります。

 リヨン駅から1時間、目的地のモンバールに到着しました。フランスの片田舎の小さな駅です。ここから、目的地のフラヴィニーまでお出向かいに来てくださった新婦のお母様の車で移動しました。20キロほどの道のりです。・・・・と書いたら簡単なのですが、新婦のお母様の顔を全く知りません。しばらく駅のベンチに座っていると、向こうから声をかけてくださいました。「ボンジュー!!」。

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2009年06月04日 ただいまフランスです
浦東国際空港にて
フランス・ブルゴーニュ地方にあるフラヴィニーの別荘に滞在中です。なんせインターネットがない環境なので、ブログの更新はもちろんのこと、メールの受信すらできません。さらに、決定的なのはテレビもない。こういう環境に身を置くのは、本当に久しぶりで、「充電する」というのはこういうことなのか、と実感しています。ディジョンに出て、ネット環境が整った段階で、この数日のブログを発表しています。あ、決して行方不明になっているわけではなので、ご了承ください。でも、一生で初めての体験をいろいろさせてもらっています。
 今朝は明け方の雨で目覚めましたが、この2日間天気はほぼ快晴だし、牧場に放牧されている牛も鳴き声を聞きながら、原稿を作っているわけです。
 前置きが長くなってしまいました。今日はここまでどうやってたどり着いたか記録に残しておきます。

 6月3日(上海時間)の夜の東方航空機MU553便で上海浦東国際空港をあとにしました。アフリカ系の黒人グループは民族楽器を抱えていました。上海の何かのイベントに招待されたのでしょうか。
 さすがにシーズンオフだけに、座席は余裕の空間で、エコノミーなのになんと横になって寝ることができました。東方航空だったらビジネスクラスにもないサービスではないでしょうか。フランス・パリまでの飛行時間は約12時間。飛行機に乗ったら、いきなりお休みモードだと思ったらそう簡単ではなく、あずは機内食をいただきました。

今回の東方航空の機内食
 別に座席に液晶モニターはいりません。ちゃんと私のiPODの中に16時間分の音楽を入れてありますから。原稿の校正と、中医学の本、そして養老先生の文庫本は、私の長距離移動時のアイティムです。無事に目的地につけば、十分です。12時間のフライト中、おにぎり(中華ちまき?)が出ることがあるのですが、今回は気がつかなかったのか、出なかったのか、ありませんでした。
 着陸2時間前になって朝食。気流の流れは極めて良好で、殆ど揺れることなくパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。時間は長かったけど、充実したフライトでした。

 ちなみに、フランスの新型インフルエンザ対策というと、着陸間際の客室乗務員による消毒剤の散布だけ。やり方がおもしろくて、着陸30分ぐらい前に機内のエアコンのダクトに向けて、乗務員が指定の消毒剤スプレーをサーとかけて完了でした。上海浦東国際空港のものものしい検疫と比較すると、新型インフルエンザに対するヨーロッパ人の考え方の違いをものすごく実感しました。

ただいま機内消毒中
 で、そろそろ入国カードとか持ち物申告カードとかの書き込みがあるのでは?とか思っていたら結局なにもなく、限りなくシンプルです。

 むしろ、不法入国者がいないかの検査は厳重でした。飛行機降りてすぐ、飛行機の出口付近でまず1回目のパスポートチェック。その後、検疫もなく、すぐに入国審査場で2回目のパスポートのチェック。入国審査場では、担当官が「ありがとう」と言ったのにはちょっとびっくりしたけど、それだけ日本人が多く来ているのですよね。税関申告でもほとんど見られる人が居らず、早朝のパリに到着しました。
 でも、中国人旅行客の荷物は相変わらずすごい。何をそんなに持っているのだろう?と見たら、一箱分の「ヤマモモ(揚梅)」を担いでいる人も。おいおい、そんなの持ち込んでも大丈夫なの?と思いましたが、これも素通りでした。

 さて、空港からは今度はエール・フランスバスのシャトルバスを使って、リヨン駅に出なくてはいけません。TGVでもいけるようですが、本数が極めて少なく、30分毎に走っているこのバスにしました。運賃は16.5ユーロであることは知っていましたが、この乗り場探しは、事前知識がなかったのですこしとまどいました。要は、到着ロビーに出た後、BUSのマークに従って歩いていくと渡り廊下のようなところの左手にエール・フランスバス(Les Cars Air France)のチケット売り場があるので、そこでチケットを購入して乗り場にいくとOKです。

到着しました!
 もちろん、チケットを買わずに、運転手からクレジットカードや現金でもチケットが購入できるのでそうとまどうことはないです。バスの運行時間は7:00~21:00。荷物は、行き先別にトランクに預かってくれます。フランス語が分からなくても「リヨン」と叫ぶとOKです。まあ、空港内だったら英語で十分です。ただ、ボンジューとメルシー、さらにメルシー・ボクーは言った方がよさそう。フランス人は、みんなやたら連発しています。

 予定ではバスで30分程度で着くはずだったのが、ちょうどパリ早朝のラッシュアワーにぶつかり、上海の延安高架道路顔負けの交通渋滞。バスの上から、通勤に向かう人の車を見てみたら、いかにもイライラしているというドライバーがたくさんいました。しかしですねえ、パリっ子には「ハロー・キティー」が人気があるのか、車にぶら下げている人が非常にたくさんいました。やるじゃん、日本文化!
 結局1時間10分ほどかかって、パリのリヨン駅に到着。ここから11:24発の6711列車のTGVに乗って、モンバール駅に向かいます。この列車もあまり本数が多くありません。そもそもモンバール駅は小さな駅なので。TGVに乗るとき、20分前になると電光掲示板に発車ホームの表示がでますので、それを確認してプラットホームに移動します。

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2009年06月03日 バタバタと準備
 今晩からパリへ出発します。上海に戻ってくるのは、6月10日(水)です。フランスの片田舎に行くので、ネットが心配なのですが、メールは見ておりますので、そちらにご連絡ください。ブログの更新が止まるかもしれませんが、元気にしておりますので。

 妹からきた結婚式のプログラムをみて、「うへ~、盛りだくさん」ということで、ブランチやディナー、ミシェランさらにダンス、ソムリエなどなんか上海で生活している私たちとはあまり縁のないキーワードがぞろぞろ出てきて、どうしたものかと正直困っています。(笑)

 ああ、私、下戸だし。ただ、新郎・新婦がクリエイトしたという本場のフランス料理には結構期待しています。ミシェランの星つきレストランのシェフが、直々に来てくれるそうです。

 一生に何度の経験できるものではないし、このブログでもじっくりレポートさせていただきます。まずは無事目的地に着かなくては。

 ところで、カナダ・バンクーバーに行ったときもやりましたが、まずは携帯電話のローミング設定。フランスでも30日間限定ですが中国移動のローミングができます。詳しくはこちらをごらんください。やはりそのまま電話が使えるのは便利です。

 これから銀行で人民元をユーロに換金して、紹興酒などお土産を買いに行って出発の準備。

 1週間私と会わなかったら、娘はおそらく人見知りするでしょうね。ちょっと心配です。

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2008年10月05日 バンクーバーから上海に戻る
 旅の途中、インターネットができる環境が十分でなく、ブログの更新が滞りました。

 今日は時差ぼけで眠たい目をこすりながら、上海で出勤です。とりあえず、戻ったことをご報告しまして、ブログの空いているところは、記録もかねてこれからうめていきます。

 ロッキー山脈に行った後、バンクーバーに一旦戻り、そのあと東方航空の飛行機で、上海へ。

 帰りは、12時間の飛行で、行きの9時間半と比較すると、かなり疲れました。機内食は、昼ご飯と晩ご飯で、中で1回サンドイッチが出てきました。

 食事時に暖かいパンが出てきたのも行きと同じですが、しかし機内には前方のテレビで映画が上映されているぐらいで、その他のアトラクションものは何もなく、ひたすら読書とi-pod touchにの音楽で過ぎる時間をじっと我慢。「苦行」です(笑)。特に、帰りの便は12時間にわたって太陽が沈むことがないので、変な感じです。

 あと、東方航空の座席のシートピッチは狭いので、最後まで缶詰でした。バンクーバーから上海へ戻る東方航空便は相変わらず満席状態。中国の連休の最終日だけに、本国に戻る人も少なくありません。

 ところで、バンクーバーの空港はとてもいい雰囲気です。

 カナダの自然を強調したイメージで、待合いエリアにも、水が流れていたり、大きな水槽に魚が泳いでいるなど、いろいろ工夫されています。

 土産物店や外食産業も免税エリアにたくさんそろっているので、待ち時間を十分に活用できます。散歩も楽しめました。
 
 

 今回のカナダ行では、もちろん私自身の論文の発表や会議、学術交流など様々なイベントがありましたが、最も興味深い事として、今まで知るチャンスのなかった海外にいる華人についてその現状をいろいろ知ることができました。

 1997年の香港返還時に、カナダ・バンクーバーなど海外に移民した華人たちが多かったのですが、今では逆に中国本国や香港に戻ってしまった人が増えているようです。DownTownにあったチャイナタウンの荒廃もそれと関係があると聞きました。

 その背景に、「移民した」という表現は、中国人の間では響きはいいものの、現実は決して甘くなく、バンクーバーで生きていくことの難しさも関係しています。住みやすいけど稼ぎにくいというのが現地の華人の声でした。

 一時、私の周りには、それこそ誰もが海外移民を目指していたことがありましたが、今では中国の発展とともに、より現実を見直す方向に進んでいるようです。

 そして、バンクーバーの華人社会は、カナダの社会全体の中でも、一種の特殊な独立した階層を形成しているのではないかと思いました。

 もちろん、路線バスやバンクーバーの街の中でもたくさんの上海人に会いました。

 そうした人の多くは、我々が上海でみる上海人同様、マナーや生活様式がほぼそのままで、海外に住んで地域に同化していくといより、頑なに上海の生活様式を守っていました。
 そこには、欧米の姿がほとんどなく、私があまり体験したことのない社会の構造がカナダにはあるのだなと思いました。それが、華人社会の発展の様式なのかもしれません。

 ちなみに、バンクーバーでも上海のマナーが生きている、どういうことか想像がつきますよね。「街の中で痰を吐くな」という標識が、出現しているぐらいという話をバンクーバーで聞きました。

 例えば、上海で日本人居住エリアに住んでいる日本人とも対比できるかもしれません。

 一方で、バンクーバーでは白人と華人との接点は、意外と少ないように思いました。これだけ華人がいても、白人にとって大事なのは英語とフランス語ですからね。中国をイメージできていないカナダ人白人も多いことにも驚きました。
 中国人にとって「移民」というのは、それほど大事なことなのか、日本人の我々にとってはなかなか理解が難しい。

 それだけ、日本という国が恵まれている証拠なのです。





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