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プロフィール


山之内 淳
(本名:藤田 康介)
74年大阪市生まれ。カナダ、三重、奈良、英国、上海育ち。県立奈良高校卒。上海中医薬学大学卒業、同大学院修了、医学博士、医師(中医学)。96年から上海。専門は漢方・中医内科。博士論文は、小児ネフローゼの中医治療を研究。
 奈良高校在学中に「冬虫夏草」と出う。そこから中医学・漢方に興味をもち上海へ。中国政府国費留学生として大学・大学院、付属竜華医院、徐匯区中心医院と中医学の臨床研究・研修を続ける。2005年に中国の医師免許(中医学)を取得。上海市衛生局登録医師。上海に念願の新居も構えた。妻は上海人。2008年10月に第一子誕生。日本人では初めて中国の大学で中医学を学部から博士課程まで修了。趣味は中医学と、田舎。上海の街を散策し上海の新聞を読むこと。
我が愛しの上海へⅡへはこちらから。

上海エクスプローラー COO
上海鼎瀚(ていかん)中医クリニック虹橋路618号)医師
世界中医薬学会聯合会腎病委員会 理事
日本温泉学会会員
上海奈良県人会の幹事

【過去に執筆したもの】
「中医沙龍」
特集記事
・柴田書店 月刊『食堂』2年間連載
標準『中医内科学』
・東洋学術出版社 季刊『中医臨床』など
『細水長流』藤田康介公式HP
mixi

【筆者連絡メール】
info@mdfujita.jp

【友達のリンク】 
・統合医療(CAM)で活躍している大塚晃志郎先生
・大阪の漢方緑川クリニック

【便利なリンク】
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・上海市高架道路渋滞情報
上海地下鉄路線図
・メールでも送られる上海地図
上海地下鉄最終・始発連絡時刻表
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上海トボトボ取材記

2010年02月18日 南翔
市民で大賑わい これぞ新年の雰囲気
 上海にいても、あまり春節の雰囲気が味わえないので、地下鉄11号線が開通していま少しホットな嘉定区エリアへ行ってきました。

 11号線、確かに速度が出ています。報道では最高時速100キロまで出せるということでしたが、レールのつなぎ目を刻む音を聞く限り、一部の区間で時速100キロ近い速度は出していました。上海の地下鉄では、画期的なことです。

 さらに、南翔駅から北側では地上に出てきて、ずっと高架鉄道の状態です。ただ、防音壁がかなり邪魔で、景色があまりよくないのが難点。窓の外はすべて壁といったところもありました。

 南翔へは10年ぐらい前に行ったことがありました。ちょうど、台湾人の友達の親戚が南翔に住んでいて、彼と一緒に春節に訪問した記憶があります。ここで、台湾人というのは、大陸の至る所に親戚がいるんだ、ということを実感しました。彼らにとっては、単に海外に親戚がいるというレベルではなく、密接につながっている関係です。こうした関係は、外国人として中国にいる私たち日本人にはなかなか理解できないかもしれません。
 道理で、台湾人や香港人、マカオ人にはビジネスをする上でも、さまざまな優遇を与えられているわけです。中国大陸の弁護士試験(司法試験)にしても、外国人は受験できませんが、台湾人はできます。医療の世界でも、台湾人は受験できても外国人が受験できない資格もあります。それぐらい、華人のネットワークは強固で差別化されています。

 南翔といえば古猗園が有名。明代に建設されて、400年の歴史を持つ庭園で、蘇州の拙政園に近い風格を持っています。さらに、市内から移築された建物も保存されており、ちょっとした散歩にはいいと思います。せっかくなので、ちょっとレポートも書こうと思っています。

上海科技館の駅についたらもう夕方。あまりにも人が少なく、街の雰囲気の違いにびっくり。連休で車も少なく空気は澄んでいます。
 南翔といえば、小籠包が有名で、古猗園路の両側には小籠包の店が並んでいます。街自体はこじんまりとして、歩くのにはちょうどよい大きさです。特に、人民街と呼ばれるエリアは、10年前はかなりぐちゃぐちゃだったのですが、いまでは「古鎮」としてきれいに整備され、観光ルートにもなっています。

 ここまでくると、上海語もイントネーションが違うので、ああ、郊外に来たんだなという実感が出てきます。というか、地元の上海語が聞き取れないのです!何となく田舎なのですが、人々も素朴でいい感じです。

 せっかく来たので、雲翔寺で初詣。立派な金ぴか大仏が3体もあるんです。人もあまり多くなかったし、静かにお参りできました。

 11号線は江蘇路から出ていて、江蘇路駅で2号線と乗り換えが可能です。ただ、まだ運転時間が9時~16時なので不便。この日も、私は最終の地下鉄に間に合わず、帰りは路線バスで戻りました。さすがに地下鉄で20分程度の距離でも、路線バスだと1時間弱はかかりますね。地下鉄による効果はすごいものです。
 
 でも、確実に繋がっています。地下鉄で、横に坐っている嘉定区に住んでいると思われる一家は、久しぶりに地下鉄で上海市中心部に繰り出したようですが、子供がKFCとマクドナルドをむしゃむしゃ食べていて、お母さんがさらにピザハットのテイクアウト用袋を持っていました。
 子供はさぞかし満足そうに食べていましたが、「ハレの日に食べるファーストフード」という発想は、田舎へ行けば行くほど残っていますよね。道理でこの子供はしっかりと○○でした。
 
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「我が愛しの上海へ2」-理想の中医学と漢方を求めて   更新しました。少し古いテーマですが、まだ書いていなかったので。大豆と肺がんです。



2009年11月05日 今日は崇明島へ
 今日は、今年初めて上海市の長江河口にある崇明島にいきます。朝起きると、天気もばっちりなのでほっとしました。強い風が吹くようなことがあったら寒いですからね。

 上海長江大橋の視察もしたいので、自転車ではなく車で行くことにしました。毎朝、上海科技館の駅前でみる路線バスの行列をみると、もうしばらくしないとバスでは行けそうにもありません。

 昨日、上海ディズニーランドが認可されたことが大きく報道されました。また、上海の農村の風景が、人工物によって破壊されてしまいます。まあ、そんなことを嘆くような評論は絶対出てこないと思いますが、私はディズニーランドのようなバーチャルな空間が本質的に好きではないので。

 崇明島も、今まで単なる島で、だれもあまり注意してこなかった場所です。ところが、橋が開通するとたん、上海本土からお金が流れ込み、今や島の不動産ですら投資ラッシュ。そりゃ金儲けする人、商売人にとってはチャンスかもしれないけど、そうじゃないものにとっては、静かに置いてほしかったというのが本音です。

 報道で見る限り、今まで静かでいい感じだった崇明島の東灘も、マイカーがどっと押し寄せてすごいことになっていました。このあたり、私も実際に行ってみて検証してみたいと思っています。

 中国って開発が大好きだと思います。自然にしておくことができない。やはり、商売人の血が騒ぐのでしょうね。

 上海でも未開発の場所がどんどんと開発されていく。経済の発展は、この開発を続けない限り無理なのでしょうか。



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我が愛しの崇明島へ
一時期、妻と移住してしまおうかと話していたぐらいです。



2009年10月06日 今日の上海万博会場をチェック
橋のアーチ部分を歩くのですが、結構息が切れてしまい小休止。娘はだっこしていきました。
 天気の良かったし、空気も澄んでいたので、今日は家族3人で盧浦大橋へいって上海万博の会場の進捗状況をチェックしにいきました。

 盧浦大橋(芦浦大橋とか戸浦大橋とかワケ分からない訳を時々見かけますが。。。正しくは盧です。)は、2006年に取材にいっています。SARSのややこしい時期、つまり2003年に開通していたのですが、その当時はまだ観光地として開放されておらず、2006年になってやっといけるようになったのです。これが嬉しくて、嬉しくて。

 私にとっては、上海市の観光地として絶対含めたい橋の一つなのですが、上海人の妻からすると、「上海オタク」とまで言われてしまいました。

 まあ、地元のモノからすれば、どうでもいいことかもしれませんが。

 ちなみに、入場料は定価は80元なのに、今は38元にまで下がっています。子供は20元!え、うちの娘も料金が取られるの??

 モノは試しと、
「え~、まだ歩くこともできないし、20元は高いよ!」と妻がガードマンに言うと、「去吧、去吧」となんとも優しい一言。

 結局無料になりました。
 これが中国なんですよねえ。

 

 

高所を怖がっているのではありません。橋のてっぺんでハイハイをしたがっています。
 風が結構強く吹いていましたが、案の定、会場の建設現場ははっきりと見ることができました。

 ということで、10月6日現在の万博会場の様子を写真に収めておきました。

 

上は浦西側(西蔵南路付近)、下は浦東側
 開催期間中は、浦東と浦西をフェリーが無料で使えると言うことです。フェリー乗り場はほぼ完成しているようです。

そして再び下りてきますが、だんだんと階段が急になり、足がガクガク。
 全体的に古い工場などのリサイクルでパビリオンができているところが多く、環境に配慮していることがよく分かります。

 しかし、このアーチを登る階段ですが、娘を抱っこしながら下りてくるのが結構スリリングでした。こんな事で「筋肉痛」と笑われそうですが、なかなかハードな登りですよ。

 一度おためしください。(心臓病や高血圧のある方、高所恐怖症の方はお薦めできません。)

【データ】盧浦大橋(卢浦大桥)
地図

 盧湾大橋は定期観光バス「ドラゴン☆バス」のコースにもなっております。詳しくはこちらから

公式HP:卢浦大桥(私の昔の記事もちゃんとリンクされています。さすが!)

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上海の街の発展の速さを実感
盧浦大橋に行ってみよう!
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2008年03月19日 上海万博のセミナー
 1日2本ぐらいブログを書きたい気分なのですが、最近頭を使うことが多く、ちょっとさぼり気味。もう少ししたらいろいろなことをかけるようになると思います。人間の大脳は、隙間がないといいアイデアが浮かびません。
 美しい景色をみたり、愛する妻と散歩したり、そうしている瞬間に大脳に隙間ができて、「あ!」というひらめきがあったりします。
=====
 今日はJETRO主催の「上海万博の進捗状況とビジネスチャンス」というセミナーに参加。まあ、私もインターネット屋をしている関係で、こういう情報には敏感なほうなので、おさらいのつもりでお話を聞きにいきました。

 このテーマの「ビジネスチャンス」という言葉にちょっと興味があったのですが、いったい上海万博にどういうビジネスチャンスがあるのだろうと考えてしまいました。

 世間ではいろいろ万博を盛り上げるためのイベントが行われていて、私も見に行ったりしていますが、おそらくこの上海万博は我々が愛・地球博や、大阪花の万博などでイメージしている物とはちがうものになるのではないかという予感です。というか、中国に長くいると、こういうイベントが一般にどういう風になるのか想像がついてしまうことろがちょっと怖い。

 面積は愛知の時の万博の4倍でこれまでで最高の規模。さらに7000万人の入場が目標とか。大部分が大陸人であるわけですが、7000万人の大陸人が集まってくると、いったいどういう状態になるのか、私はそのときの上海がちょっぴり心配です。

 すでに万博に向けてのスポンサーや協賛集めなどの活動が行われていますが、日系企業にはほとんど縁がないようで、もちろん中国企業のためにあるようなものです。でもしっかりとパートナーとしてGMやシーメンス、コカコーラが入っていました。さすがですね。
 中国GMは企業パビリオンも作るようです。一方で、日本では堺屋太一氏が「日本産業館」という構想を発表していて、ここで日系企業が集まってくるような気配です。

 びっくりしたのは、今回の上海万博には上海側に総合プロデユーサーがいないようで、いったいどのように全体をまとめていくのはすごく不思議です。もちろん、インフラや会場整備の事業は進んでいますが。。。

 

 

 ちなみに、上海万博日本館のテーマは「こころの「和」・わざの「和」」というものでした。こちらはプロデユーサーチームなるものが作られていて、着々と準備が進められているようです。また、出展基本計画もできていて、公表されていました。

 上海万博とはいえ、やはり中国式のところが非常に多く、未だに不透明で、内部事情に詳しい人でないと、実際にはビジネスチャンスを作りだすのが難しいというのが私の正直な感触でした。

 

 



2008年02月27日 上海大厦の70年エレベーター
余計な広告が外されてすっきりしました。右は外白渡橋
 私たちはここで2回目の結婚式をあげたのですが、リニューアルしたという話を聞き、ちょっくら上海大厦へ行ってきました。リニューアル後は5星クラスの設備になっていて、私が結婚式をしたときとは大違い。はっきりいってびっくりしました。

 上海大厦といえば、外灘の北の端に位置し、ブロードウエイ・マンションズとも言われています。もうすぐ解体修理が行われる外白渡橋のたもとに位置し、上海のシンボル的なホテルの一つです。

 その昔、日中戦争の硝煙がにおいだす1939年に、上海恒産株式会社という日本企業が経営していました。その当時の資料もこのホテルのバーに残されています。
 日本人居住者も多く、日本人にも結構馴染みがあり、ここで生まれたという日本人が毎年団体旅行でやってくるそうです。

 今で言えば、東櫻花苑やガーデンプラザなどで生まれた子供たちが、当時を懐かしく思って大人になってから訪れる人もきっといるかもしれません。

 

エレベーターの入り口と階を示す↑と入り口のジャバラ
 さて、さて、ここで私が一番興味があったのがエレベーター。今から70年前のOTISエレベーターが現役で動いています。といっても、ロビーから入れるわけではなく、今回は特別に見せていただきました。

 今は、従業員用となっているのですが、左右の袖に1カ所筒あり、アコーディオン式の格子出作られた入り口が歴史を物語っています。

 もちろん、中におじさんが座っていて、手動で操作されます。各階にボタンがついていて、そのボタンを押すと、おじさんがその階へエレベーターを運転しにいきます。

 入り口の格子を手動であけるハンドルがなかにあって、それをグルグルとまわすと、ドアが開きます。エレベーターの動きもなにかクラシカルで、電車でいうと釣り掛け式モーターの感じです。動きがなめらかではなく、まさたに機械式です。

エレベーターのボタンと、上海大厦2階の喫茶店から
 さらにもっと興味深かったのが、入り口の階を示す文字盤。昔は日本でもたくさんみられましたが、時計のように↑で階を示します。また、エレベーターを呼ぶためのボタンもクラシカルで、いい味をだしています。

 70年前といえば、エレベーター自体もまだ珍しく、この上海大厦がいかに贅沢な高級マンションであったか想像がつきます。

 このエリアも現在まだ改修が行われていて、もうしばらくすると一般にも公開されるようです。

 今ではこれだけ使われているOTISのエレベーターも珍しく、メーカーの人も参観にくると聞きました。

 私たちの思い出の上海大厦、2階の喫茶店からは今ならまだ外白渡橋も見られますし、かなりお薦めですよ。(前に比べて、ずっとサービスがよくなっています。)
 結婚式の翌日に外来があったので、7時頃にホテルをすっ飛んでいったのを覚えています。

 上海大厦(ブロードウエイ・マンションズ)のホテル予約はこちらから。(手米味噌で恐縮ですが、なかなかお得ですよ。)



2007年11月11日 滬杭高速道路、上海行きの松江手前の工事で大渋滞
 浙江省にある烏鎮から戻りました。

 帰りは大渋滞に遭ってしまい、普通なら2時間ほどで烏鎮から戻れるのに、3時間以上かかりました。原因は、杭州を上海を結ぶ滬杭高速道路上海行きの松江手前の工事。この工事で車線が大幅に減少。

 かなり厄介で、車がほとんど進みませんでした。

 車で杭州から上海に向かわれる方、時間はかなり大目にみておいたほうが良さそうです。

 ところで、烏鎮で新しく整備された西柵は、かなりお勧めです。江南の水郷巡りに飽きたという方、一度のぞいてみるのもいいかもしれません。

 今なら観光客も少なく、タイムスリップしたような水郷の景色で、ゆっくりとできます。詳しいことは、うちのサイトで紹介します。

 トイレも美しかった!

 しかし、上海近郊の高速道路は、慢性的な渋滞が顕著化していますね。片側4車線でも渋滞するのですから、飽和状態も甚だしい。

 行きも、しっかりと滬杭高速道路で渋滞に遭いました。原因は、車の火事。上海を抜ける料金所付近で、VWのパサートが燃えていました。

 



2007年01月28日 「新幹線」で杭州西湖へいって2時間でトンボ帰り
 今月は特に取材が多い。それだけ中国が動いているということかと思います。

 中国で走り始めた新幹線タイプの高速鉄道CRH2型に試乗するために一路杭州へ。上海南駅から出ているのですが、上海南駅はいついっても本当に美しい。上海の玄関ですからね。

 CRH2型がどんな車両であるかは、記事を読んでいただくとして、次の仕事のためにたった2時間しか杭州にいられなかったけど、久しぶりに歩いた西湖の印象を少し。

 今回の杭州の第一印象は、「街がより一層清潔になった」ことです。
 (CRH2型のグリーン車にすっかり満足して街を歩いていたから、というウワサもあるが。。。)

 もともと10年ほど前に初めて訪れた時から杭州にはいいイメージがあります。路線バスに乗ったとき、上海と違ってきっちりと「前乗り・後ろ降り」を守っていた市民にも感動しました。上海では「前乗り」ですら守られない人が多いですからね。
 

西湖天地
 杭州駅から西湖までは歩いていける距離で、西湖大道を下っていけば15分ほどでつきます。ちょうど西湖天地の近くになります。西湖天地は、香港の瑞安集団が投資したレストランエリアで、上海新天地の姉妹版。西湖の畔にあり、山も見えたりしてロケーションも抜群です。

 上海から1時間20分でいけてしまう杭州。緑も豊かだし、なにか空気も上海よりずっと澄んでいるような気がしました。

 西湖の畔で、遠くの山々(おそらく天目山山系か?天目山は昔、生薬採取に行ったことがあるのですが、いい山です)を眺めているだけで、気分が落ち着きます。海のない奈良県で育ったため、山があるとやはり落ち着くのでしょう。

杭州駅にて
 CRH2を使えば、たとえば朝8時30分の上海南駅で始発にのれば10:00には杭州につき、そのあと夕ご飯を食べて杭州発夜21:10発の終電にのれば、十分に西湖は堪能できます。

 それこそ、パソコンをカバンに忍ばせて、原稿執筆の気分転換に杭州に吹っ飛ぶこともできますね。

 鉄道で気軽に行けるスポットとして、西湖はお勧めです。ちなみに、レンタサイクルなどもありますので、自転車で西湖を周遊なんてもいいでしょう。



2006年12月18日 地下鉄3号線の新線を乗ってきました
 18日9時半に開通した地下鉄3号線の新線に乗ってきました。詳しい記事はこちらを読んでいただくとして、ちょっと感想を。


 まず、車内が寒い。一応換気装置みたいなのがついているのだけど、「冷風」。高架線を走るので、地下のように暖かくないし、これからもっと寒くなったらどうするのだろう?昔、5号線が開通したときに取材にいったけど、ここも冬場は寒い。電車に暖房をつけるという習慣は、上海にはあまりないようです。しっかりと防寒して乗りましょう。

 今回の3号線のルートは、ちょうど1号線の共和新村からのルートと平行する位置関係になります。宝山から徐家匯エリアに出るのに、便利になりました。これで、1号線の混雑は少しマシになるのか、と期待しています。
 宝山というのは、工業エリアでありながら、交通が非常に不便で、10年も昔、宝山へは人民広場あたりからバスが出ていました。途中、逸仙路で乗っていたバスが故障し、みんなで後ろを押したのを覚えています。

 あと、崇明島にいくのが楽になりました。といっても、自転車を地下鉄に積むわけに行かないので、自転車族には関係ないですが。。。ただ、いままでせっせと自転車を漕いでいたルートを、いとも簡単に通過してしまうので、拍子抜けしました。

 4号線開通よりは、インパクトはない今回の3号線の新線ですが、これからジワジワと効果が現れてくるのでしょう。現在のところ16分間間隔運転です。



2006年12月14日 常州にいってきました
上海駅にて
 長江デルタエリアの鉄道網を何とかしてほしいというのは、移動することが多い我々にしていは頭の痛い問題です。常州までは鉄道で2時間程度の距離。決して遠いわけではないし、本数もそこそこあり、昼間の中途半端な時間の列車を選んだのだけど、やっぱり満席。今日は、満席に対応するため、4両編成を増結しているのですが、なんと増結した4両編成は寝台列車の流用。つまり、寝台ベットの大人4人が横に座るのです。さらに廊下の補助椅子にも1人すわって一列5人のぎゅうぎゅう詰め。息が詰まりそうだった。(これで、全席指定なのですよ、信じられない。。。)

 さらに、最悪なことに斜め向かいに座っているのが、私の苦手な「おばはん上海人」。いかにも血圧が高そうなぽっちゃりとした体に、色鉛筆でバリバリに書いたような眉毛、にらみを利かせた目つき。
 このおばちゃん、せわしなくひまわりの種を食べていたと思ったら、こんどはりんごをかぶり出し、私はすっかりと小さくなって、肩が触れ合う寝台のコンパートメントの中で、2時間我慢しました。

 常州駅は、ガスが出てもやっていましたが雨はなく、スーツなどの荷物をゴロゴロ転がしながら、駅前広場をトボトボ歩きました。
 駅前では、いきなり「太平洋百貨店」を発見、とか思いきや、よくみると「大洋百貨店」でした。マークも雰囲気もそっくり。ああ、思い出しました。

 この大洋百貨店は、実は太平洋百貨店の幹部の一人だった王徳明氏らが意見の対立から独立し、新たに中国一の百貨店チェーンを作ろうとして起こした店。当初は、太平洋百貨店を追い越す百貨店チェーンを作るのが目標だったらしいけど、実際はどうだったのか?今でも南昌など地方の都市に数店舗あるようですが、こういう店をコピーしたような展開方法は、中国らしいですね。
 大洋百貨店の中に入ってみると、BGMまでもが太平洋百貨店とそっくり。もし私だったら他人の真似をするよりも、自分でオリジナルのものをやったほうがずっと新鮮味があっていいと思うけど、これが華人ビジネスのやり方なのでしょうね。

 常州人のしゃべる言葉は、上海語に非常に近くて、聞き取るのもとくに問題なし。長江を渡るまでは、仮に江蘇省であろうとも、上海語に近い方言が多いのです。ところが、いったん長江を渡ってしまうと、私もさっぱりちんぷんかんぷんになってしまいます。まあ、普通語(北京語)を使えばそれまでなのですが、やはり地元の人のしゃべっている言葉を聞き取れることは、嬉しいにこしたことはない。

 取材を済ませたあとは、大学時代の中国人同級生(女性)の家へ宿泊。私の彼女の常州にIn.

 実は、私の周りで、未婚の人がだんだんと減ってきて、同級生では本当に私と私の彼女ぐらいだけになってきて、そこで私たちに「伴郎」と「伴娘」を頼まれたのでした。「伴郎」と「伴娘」は中国の結婚式で何をするかは、明日にご紹介しましょう。これらは未婚の人のみができる役柄なのですが。。。。
 まあ、中国広しと言えども、日本人に伴郎をしたもらった新郎はそういないでしょうねえ。(笑)

 しかし、この新娘の家はでかい。地方の5代続く中医学の名家であると聞いていたのですが、本宅に「離れ」が2軒。彼女も大学で中医学を勉強した医師なので、ちょうど6代目になるわけですが、まだ5代目のお父さんがまだ現役でがんばっています。

 地方の一戸建てというのは、広いけど非常に寒い!床は土間だし、窓は閉めないし、もちろん暖房もない。でも、地元の人はこれで慣れているんですよね。長江から南の家々には、もともと暖房をつける習慣がなかったので、しかたがありません。

 夜は体を温めるために近くの「公共浴室」に連れてもらったが、さすがにシャワー浴びるだけで遠慮させていただきました。
 だって、はいっていきなりおっちゃんが風呂場で小便していました。そんな中でも、浴槽に浸かっている人も結構しました。なれたら平気なんだろなあ、とか思いつつ、タオルも結局自分の持参タオルしか使う勇気がなかったです。

 大切な一人娘が嫁ぐ前だから、なにか盛大なしきたりでもあるかと思えば、別になにもなく、時々停電もあったりして、体をブルブル言わせながら布団にもぐりこんだのでした。





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