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 中国起業の虎の巻 
  

プロフィール


鈴木隆義
1960年7月27日、埼玉県に生まれる。
大学卒業後、家業の木工所を継ぎ、その他に学習塾、英会話スクール、貿易会社、卸問屋などを起業し、29歳から世界を飛び回る。
中国上海に来たのが2002年の12月。それから上海市内に貿易会社を2社起業し、現在は松江に家具工場(ARK FURNITURE CO.,LTD)と上海泰康路田子坊内にデザイン事務所(ARK+)、イタリアンレストラン(Luna Bianca)、多角経営型企業体(Sanxian Creative Commercial Co.,Ltd)を経営。
趣味;人との会話
好きな色;パープル ピンク
好きな花;バラ
好きな場所;海
好きな食べ物;イチゴヨーグルト カツ丼
好きな言葉;一番
好きな数字;2,7
尊敬する人;ビジネスを教えてくれた祖父、それを見守ってくれた父
夢;育つ夢を持ち続ける人生を送ること
家族;幼稚園から同級生の妻・努力家の長女・私に性格が似ている次女・メチャ明るい性格の三女・しっかり者の末っ子の四女・大切な母の昭子
子供たちへ一言;何事も一生懸命やりなさい。一生懸命やれば大抵の事は何でも出来ます。そして一生懸命やれば必ず誰かが助けてくれます。なぜなら一生懸命やれば楽しくなるから。夢を持ち続けていますか。人生における最大の不幸とは、夢を実現できなかったことではありません。叶えたい夢が見つけられなかったことです。夢を持ちなさい。そして夢を育てなさい。

ご意見、ご感想、ご質問はこちらへ↓
suzuki@arkshanghai.com

中国特注家具工場

「上海阿谷木業有限公司」










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2010年03月19日 人生は博打ではない
2年前に私の所に弟子入りしてきた中国人青年がいました。
2ヶ月間私と共に暮らし、私が教えられるすべてを集中して教えてあげようとまで思った中国人青年でした。
しかし能力的には1年で完成させても、人間性の面で大きく欠けていることに気がつき、私は彼を突き離し、そして消えていったのでした。

私にはいつも大切な人がついています。
これ人ではないのかもしれませんが?
よく言う守護霊と言う存在なのでしょう。
その守護霊が、私に話しかけてきたのです。
『彼はお前には合わないよ』とね。
私を変人と思わないでくださいよ。
私これも得意なんです!

話は元に戻ります。
その彼から昨夜電話が。
『社長、俺やっちゃいました。やっと稼いだ5万元を全部なくしてしまったんです。博打で!』
私は驚きもしませんでした。
彼が学生時代にも2度ほど博打で大損をしたことを、私の守護霊が以前教えてくれていたもので。
(また変人と思わないでくださいね。これ私は得意なんですから)
『ああ、そうですか。それがあなたなんですよ。』と私が。

能力におぼれ、人生に近道を探してはいけませんね。
人生は長い長い道のりです。
まず“何を手に入れたいか”ではなく、“どんな自分になりたいか”と言うことが大切です。
私は彼に教える運命を持っていないようですので、誰かがいつか彼に素敵な未来を教えてくれることでしょう。




2010年03月19日 中国戦略だ!
今日の午前に訪問させていただいたところは、私のブログを毎日読んでくださっている中国人の方が、自分の会社の社長を紹介したいと言うお話をいただいた会社でした。
香港人の社長で、中国での仕事歴は20年以上になり、かなりに実績もあげていますが、この半年ほどの中国の驚くべき発展に、“今こそ勝負”と立ち上がる決心をしたと言う方でした。
仕事はもちろん私に関係ある内装コンサルティングからデザイン企画、そして施工管理までする会社です。
彼と私で、今の中国戦略に関する話をそれぞれしたところ、全く共通する考え方で戦略を練っていることが共に分かり、お互いの今後のビジネスパートナーとしての長所と短所をぶつけ合って進めていく約束をしてきました。
中国における今年来年の戦略に関しては、これは本気の儲け話ですので、ブログには書けませんがお許しくださいね。
もう一つ海外戦略に関しては、普通のビジネス話なのでお話しますが、共にアメリカ志向だったのですよ。
彼はアメリカの有名所の大手ホテル10社をターゲットに、かなりの所まで食い込んでいるようで、それをもとにアメリカ進出をするところでした。
私も今年は中国を本気でやるほか、サイドビジネスとして、アメリカ進出を考えていましたので、これまたピッタリでした。
類は友を呼ぶ!
もう人種や言葉の壁を通り越して、次から次へと巡って来ますね。
私は30代前半で、アメリカ人との仕事をいくつかやっていましたので、彼らとの仕事のやり方や会話の仕方を久しぶりに味わうことが出来て、ちょっと嬉しかったですよ。
あいまいな表現をしないでストレートに物を言い、しかし相手の慮域には土足で入ってこないあの姿勢って、久しぶりの体験でした。
そしてちょっとプライベート的な話のときには、ほんの少し笑顔を交え、そして『これはプライベートの話になりますので、聞いても宜しいですかね』なんて前置きをしたりして、その話し方には、もうジョークが入っていたりしていて。
アメリカが懐かしくなってきました。
それにしても、今の中国戦略を逃すと、この地球上で、次のチャンスはいつどこに来るのか!なんて考えると、もう寝ていられませんよね。
世界中から集まってくるビジネスマンたちと肩を並べて、共に生きていく姿を思い浮かべ、私は完全にエンジン全開です。
火がつきましたよ!



2010年03月19日 変わらない地方の公安
昨夜は『変わる上海の公安』について書きましたが、今朝はその逆で『変わらない地方の公安』について面白い話を。
私の車のナンバープレートは上海ナンバーではありません。
中国のナンバープレートは、オークションによって手に入れるシステムですので、価格の変動が激しく、日本円で60万円前後で推移しています。
上海ナンバーの特権は、朝と夕方のラッシュ時間は、地方ナンバーは市内の高速道路には入れないが、上海ナンバーは24時間大丈夫と言う違いです。
私みたいに上海郊外で仕事をしている人間には、上海ナンバーは必要ないと言うことになりますので、安い地方ナンバーを取った方が利口なわけです。
2千元(3万円)しなかったと思います。
しかし中国にも車検制はありますので、2年に1回が不便なんですよ。
そこまで行かなければなりませんからね。
ところが“便利な情報が!”
上海のある事務所に書類を提出し、2週間後に再度そこへ行くと、何と車検書がもらえるというシステムが出来たと言うことです。
しかも価格は現地に行く価格と同じ!!??
早速申し込んだところ、10分でOK!
そして昨日こんな電話が。
『車検は通りません。お金は**警察署から送金され戻ります。指定の場所でとり直してください。』
何のことかわかりません。
慌てて紹介者に訪ねてみると、これはある二人の役人が裏で始めた商売らしく、あっけなく摘発されたと言うことです。
すぐにばれる小悪ですよね。
たった二人で出来ることでもないでしょうから、トカゲのしっぽ切りだとは思いますが、我々庶民に対する影響はさほどなく、これで終ってしまうところが日本と違いますね。
私はこんなことをマスコミで取り上げてとやかく騒ぎ立てることは好きではありませんので、被害者も加害者も誰も騒がず、まだまだの残っている役人の不正をおおめに見ながら、ゆっくりですが、確実に良い方向に向かっているこの中国の国民性が、私は好きですね。
人の上げ足を取ることが一人ではできず、よってたかって個人を攻撃する日本国民性よりは、はるかに人間らしい生き方だと思います。



2010年03月18日 変わる上海の公安
上海の交通取り締まりについて興味はございますか?
今日車で買い物に出かけた時の話です。
私が通り沿いの店に用があり、路肩に車を止めて店の人と話をしている時に、店員があわてて私の所にきて、『お巡りさんが、駐車違反の取り締まりに来た!』と教えてくれたのです。
ここは基本的には駐車違反の場所ですが、通り沿いの市場であり、いつも路肩は満車状態の道でして、駐車違反がいいとか悪いとか考えると言うよりは、昔から止めて当たり前と言うところなんですよ。
それでも違反ですから、私は慌てて外に飛び出したところ、ちょうど私の車の番号を赤切符に書き始めたところでした。
私は思わずお巡りさんの手首を抑えて、『お願いします。今すぐに動かしますから切符に書かないでください!』と何度も何度も叫んでいたら、お巡りさんからいきな言葉が
『お前手が痛いよ。お前が手を持っていたら私は書くことが出来ないし、お前も車を動かすことが出来ないだろ。俺が字を書くのが早いか、お前が車を動かすのが早いか競争だ。早く手を話せ!』ですって。
面白いでしょ。
こんなジョークがすぐに出るお巡りさんも、上海にはいるのですよ!
いいでしょ、このノリって。
私は、『ありがとう。1,2,3!』と言ってお巡りさんの手を離して、車に乗り込み、すぐに50m先の駐車場へ移動しました。
車を動かして戻ってきた私を横眼で見て、他の人の赤切符を切りながら、『お前の勝ちだ!』とお巡りさんが一言。
もう私は感動しましたね。
こんなジョークが言えるお巡りさんがいる都市に、上海はなってきたのですね。
なんだか見慣れたこの街が、違う街に見えてきました。



2010年03月18日 上海奮闘記・生きる知恵
前回は、お金を使わずに家具工場を始め、廃材の山から木材を集め、家具の製造を始めたところまで書きましたが、思わぬ反響がありました。
『それマジですか?凄くありませんか!』この言葉が一番おもしろかったですね。
東京在住のYさん、楽しいリアクションありがとうございました。(笑)

それでは、材料を集めても、加工するためには接着剤やビスや紙やすり、さらには塗料までも必要ですよね。
私はお金を使わずに、これを手に入れる方法を思い付いてのですよ。
私が集めた3人の職人は、家具職人ではなく内装工事職人たちです。
ならばそれをメリットに!
『元の親方に電話をして、あまった材料があるか聞いてくれ!』と指示を。
これにはみんなが驚いていましたね。
『うちのこの社長は、本当に日本人なの?』なんて、嬉しくなる評価もいただいたりして。
結果は、彼らは建設現場ですから使う量が半端ではありません。
1回の捨てる量が、私が使う半年分ぐらいはありますから、もう余るほどの接着剤や塗料が手に入りましたよ。
これで材料費ほとんどなしで、1回目の仕事が終わり、何と高利益を上げたのです。
もちろん私は商社登録ですから、工場運営はできませんので、こちらでお世話になっている家具工場の名義で、その分署扱いでスタートしたのですが、これが私の自社工場のはじまりだったのですよ。
資本金が日本円で25万円で、私は輸出家具工場を始めたのですよ。
そして1コンテナ目を出荷。
この勢いで仕事を進め、半年後にどんなことになったか。
次回をお楽しみに




2010年03月18日  ここ何処だかわかる?
昨日は日本にいる次女から写真付きメールが。
『ここ何処だかわかる?』
大きな公園に滑り台が?
『何処?』と聞くと。
『パパが滑った時に、お尻が大きすぎて、はみ出して痛いと言っていた“あの公園だよ”』
私はすぐに思い出しました。
そんなやり取りを数回しましたが、娘から『懐かしいよ~』と書かれた時には、さすがに胸に突き刺さりましたね。
今年の正月に成人式をすませた娘ですが、こんなメールをもらうと、その当時に思いは戻るものです。
この子が中学3年生になったころから、私は本格的に上海で暮らすようになりましたので、それからの思いで作りは正直いって出来ていません。
父親失格ですね。
私よりも子供たちの方が、はるかに出来た人たちですよ。
今日も何度か時間を見つけて、メールをしてみます。



2010年03月17日 素敵な歳のとり方
今日の午前のお客様は、上海で会社員として仕事をされていましたが、55歳で独立され、上海で起業された現在61歳の男性でした。
仕事の内容もとっても興味があることでしたが、それ以上に驚いたのは、お一人で車を運転されてきたことでした。
かなりの高級車でこられましたよ。
彼が『鈴木さん。儲かっていますか?』と言われたので、私はこの言葉って大好きなものですから、大きな声で『はい。儲かっています!』と即答したところ、とても素敵な笑顔で『いいですね。使う時は呼んでくださいね。いつでもお手伝いしますから。』なんて、しかも大声で言われちゃいました。
このやりとり、いいですね。
夢を実現させるためには、目標のお金が必要です。
それに向かって日々努力しているわけですから、大声で『儲かっていますか?』『はい儲かっています!』と言うやり取りは、とっても自然で、飾り気がなく、いいですね。
私も11年後には、あんな大声で『儲かっていますか?』なんて聞けるジェントルマンになりたいななんて、また一つ目標が出来た感じです。



2010年03月17日  上海奮闘記・血を流す
25万円の予算で、上海に家具工場を始めることにした私が、どうやってやってのけたかの手の内をお話しますよ。

まず家賃が2500元の工場として使ってもよい倉庫を借りました。
雨漏りもし、まあその汚さと言ったら、一言で言えば“豚小屋”なみでしたね。
その広さは200平米ですから、家具工場としては考えられない小ささです。
そして機械。
私は家具職人経験もありますので、最低限必要な機械と、その応用ぐらいは熟知していますので、いらない機械を修理して売っている路上市場へ行き、新品で買えば10万元ぐらいの機械を、何と全部で7千元以下で買って、200元のトラック代で全て運びました。
それから5日間で、私が全て修理して使えるようにしたのです。
次に職人ですね。
一人の社員のお兄さんが、内装工事の手伝いをしていると言うことを聞き、そのお兄さんと友達を呼んで、家具職人ではない内装工事のオジサン3人からのスタートでした。
そしてとった仕事は、木を使った簡単な仕事です。
しかし材料の仕入れのお金がありません。
私は考えました。
『ただで材料を手に入れなければ、どんなに格好いいこと言ってもだめだ!』とね。
それで私はどうしたと思います
建物の解体現場から材料を拾い集め、それを持ち帰って釘を抜き、使えそうな所だけ切り取って家具作りを始めたのです。
雨の中でも、もう泥だらけになって木材を拾い集めましたね。
釘を踏んでしまい、脚から血を流しながらね。
もう軍手をした手の平なんか、見る影もありませんでしたよ。
友達から言われました。
『中国に来て日本人が、廃材の山に潜り込んで、材料を拾い集めトラックに自分で積み込んでいるなんて信じられないよ。何しに上海に来たの?』
はいお答えします。
『金儲けにやって来ました。』です。
中国語も話せない日本人が、一人上海に乗り込んで来たのですよ。
普通のやり方では、普通のことしかできませんよ。
誰もがやらないことをするから、誰もが出来ない結果を出せるのですよね。
こんなこと、屁理屈でも何でもなく、当然のことです。
だから私は今当然の報酬を得ているわけです。
それでは、次はどうやって集めた材料を使い、家具を加工したり、組み立てたり出来たか。その裏話は、次回のお楽しみに。



2010年03月16日 さらに運が良くなる神頼み
『小谷まなぶの中国ビジネス奮闘記』でおなじみの小谷まなぶさんが、昨夜来社された時の出来事を今朝ブログに書きました。
以下が内容の一部です。

まず事務所内の出来事です。彼が私の机の前を歩いていた時、突然立ち止り首をかしげたのです。
私が『どうかしましたか?』と聞くと、
『鈴木さんの机の後ろに、日本の神様がいる。なぜここに?しかも私に何かを訴えている。なぜ日本の神様が?なぜだ????』とね。
それを聞いていたスタッフが、『あ!分かった。社長が持っていた日本の神様の紙が最近見えないと思っていたけど、あれじゃないのですか?』と言って、机の後ろの本棚を探し始めました。
そうすると、何と積み重なった書類の後ろに落ちていたのです。
それを見た小谷さんが、『あ!それ。それですよ。それを忘れずに棚を作って置いてあげてください』


早速作りました。
小谷さんに言われた場所に、彼が書いてくれたスケッチそのままでね。
お神酒も上げて、両手を合わせ2拍手と共に一礼をして、“ますますの発展と、みんなの健康”をお祈りさせていただきました。
これがその写真です。


おそらくそのためでしょう。
今日は大きな物件が二つ決まり、新規の案件の問い合わせが3つ来ました。
実はね、このブログを書き始めてちょうど10分ぐらい経ちましたが、横で声が聞こえますよ。
『社長、今1コンテナの注文が入りましたけど、納期の連絡をどうしますか?今忙しいですよ!』
このことを書いている時にも、そのタイミングでまたもや注文が入って来ます!
これが運がいいと言うことなのでしょう。
私は人から“こうするといいみたいよ”と言われると、何の疑いもなくすぐに行動に移します。
だって、いつでも運がいい方がいいですよね。

小谷まなぶさん!今回も本当にありがとうございました。



2010年03月16日 家族と離れて
今日は長女の大学卒業式です。
私は入学式も成人式も卒業式も、その晴れ舞台を一度も見ることが出来ず、でも子どもたちはすくすく育ってきてくれています。
妻からメールが来ました。
『大学のマント(?)と四角いぼうしがよく似合ってかわいかったよ。いい子に育ってくれて、よかった!』
彼女はこれから大学院へ進み、さらに研究したいことがあるそうです。
私と同じ建築関連に進むようで、早く社会人になって、同じ話題が出来るようになりたいと願っています。
今日は朝から来客が続き、日本へ連絡する時間もありませんが、遠く上海から、娘たちの成長を喜んでいます。





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