今の職業訓練。
クラスメートは、若い方から年配の方まで色々おられます。
また、社会経験も工場の現場作業者から、歯科技工士学校の講師までさまざま。
さらに、今は講師は66歳。
49歳の私にとってとても学ぶモノの場となっています。
先日、3分間スピーチをしたのですが、その時に、ほんの少し、「私は気が短かった」と、これまでの転職経験を振り返って発言したのですが、それから、何かにつけて「山岡さんは気が短いから…」とか「短気は損気ですよ、山岡さん。」と言われています。
不思議に思って、講師に直接、「なぜ、私が短気だということがわかったのですか?」と聞いてみたのですが、講師は、「いや、山岡さんがこの間、自分で言っていたじゃないですか。」とはぐらかされてしまいました。
でも、もしかしたら、私は(自分はもともと短気だということを)隠しているつもりでも、年上の、しかも豊富な社会経験を持たれている人生の先輩方は、ちゃんと見透かしているのではないか。
だとしたら、面接した時に、面接官は私のこの「短気さ」を見抜いて、採用に至らないのではないか。
そう思った私は、今日、別のクラスメート(60歳ぐらい)に聞いてみました。
「私は短気に見えますか?」
その方は、はっきりと「はい、見えます。隠しているのもわかりますが、言葉を聞いていると短気な方だろうということはわかります。」
「がーん」
そこで、思い出したのはこの小倉百人一首です。
忍ぶれど 色に出(いで)にけり 我が恋は
ものや思ふと 人の問ふまで(小倉百人一首、平兼盛)
私の場合には「恋」ではなく「怒り」。
そこで、
忍ぶれど 色に出(いで)にけり 我が怒りは
何か怒っているのと 人の問ふまで私の声が人より大きいこと。
語尾がはっきりしていること。
そして表情。
これらから私は短気だと見抜かれました。
まだまだ修行が足りません。
Aさん、ありがとうございました。
